2016年12月26日月曜日

ファッションという仕事②

ファッションに関わる仕事として最も門戸が広いのは、現場に立つ販売員でしょう。同じ販売員と言っても、ユニクロのように接客にはほとんど付かないものから、オーダー・メイドのスーツのようにぴったりと接客を行うものまで、グラデーションがあります。ただ、これらすべての販売員に共通することは、販売員自身が自社の商品の宣伝を行うマネキンであるということです。洗練されたコーディネートによって自社商品の魅力を伝えるのです。


コーディネートの基本は、絵画における基本と共通する部分があります。色と形、です。
同系色でコーディネートすることでまとまりが生まれますし、形に注意するだけで見栄えが大きく変わります。

まず、色に関して述べましょう。
色彩とは関係性です。個々の色へ意識を集中させるだけではなく、色同士のつくり出す調和に目を向けるとよいでしょう。ある色を目立たせるために他の色が後ろに引くこともあるでしょうし、個々の色が同程度に主張をする緊張感のある関係もあるでしょう。例を挙げると、白シャツに赤のタイを合わせることが前者であり、濃紺のシャツに黒のタイを合わせることが後者です。個別の色だけでは見えてこない魅力を引き出すことが可能になります。

次に、形です。
形は流行に左右されることが大きいものです。男性で言えば、細身が中心であり続けていましたが、昨今は余裕のあるシルエットが好まれています。その時代のスタイルによって同じ形でも時代遅れになり得てしまうのです。
基本的には体に沿ったものがよいと言われますが、人間の体は左右非対称ですし必ずしも美しいものでもないので自分の体に合わせればよいというものではなく、形はある程度矯正の役割も果たしています。

色と形の中で、形というのは体に合わせる必要があって完全な自由度はありませんが、色はある程度自由になります。髪の色や目の色、肌の色がありますから制約はありますが、鞄や靴を含めて、自分なりの正解を探していく作業は知的興奮に満ちています。
(服装というのは同じ組み合わせをすることは少なく、それゆえに刹那的であります。この消え去っていくところにも魅力があるのではないかと感じています。それゆえ、美術館でのファッションの展覧会は魅力に乏しいのかもしれません。)
朝はなかなか時間に余裕がなくて、自分が完全に納得できる服装をすることは難しいのですが、自分の着るものを決めることは、創造性に満ちた行為だと思います。
栗野さんは、毎日コーディネートを決めて、着てみて、全身を鏡に映して吟味しているのだそうです。たしかに、外に出てから靴下と靴の色の組み合わせが微妙に想像と違っていた、なんてことはあり得ますから、非常に有効ですね。


ファッションを仕事にしなくても、何も身につけずに出歩くわけにはいかないのでファッションから離れることは事実上不可能です。どうしてもついて回るファッションですが、楽しむことはできますので、明日は少し早起きをして、色と形において創造性を発揮してみるとよいのではないでしょうか。

2016年10月22日土曜日

ファッションという仕事①

徐々に気温が下がってきて、やっと秋冬らしくなってきました。
あまりに薄着でひねりようがない夏も終わりが見えてきて、重ね着で相互の関係性をつくることができる季節がやってきます。私は、色や形の相互の関係によって意味を生み出す行為は、画家が絵を描くことにも近い創造的な行為であると思っています。ともかく、コートが着られるというだけでもうれしいものです。


今回は、洋服屋という仕事について書いてみたいと思います。
というのも、既に離れてしまったのですが、私自身が以前ファッションに関わる仕事をしていたことがあり、その中で感じたことや考えたことで、洋服に関わる仕事とはどのようなものなのか、極個人的な視点からの一部分のみにはなりますが、ご紹介できると思ったからです。

どのような職業にもその商品やサービスを提供する最終的な広い意味での消費者がいますが、ファッションにおいては顧客ということになります。そして、一般的なファッションの会社においては、顧客に届けるための具体的な場所として店舗が存在します。その店舗で最終的に商品と顧客をつなぐ存在として販売員がいます。そして、店舗に並ぶ商品を企画する商品部があります。

顧客<<<販売員<<<店舗<<<商品部

自社で、商品開発から販売まで行っている会社であれば、売上のデータはもちろん、店頭で実際に顧客と接する販売員が得る顧客の生の声を商品開発に活かすことが重要な意味を持ちます。ただ、顧客を教育するという一種啓蒙的な商品開発にこそ意味があるのではないかと思っています。そして、そのためには、情熱が必要です。服が好き、人が好き、そのような根底の思いがなければなかなか難しいものです。その点、尊敬する栗野さんのブログには愛が溢れていて、このような人はやはりファッションの世界にいるべくしているのだと感じさせてくれます。(情熱と言えば、この指揮者の音楽への情熱にも圧倒されます。非常におすすめですので、こちらからどうぞ。メンデルスゾーンの音楽も美しいです。)

情熱というと、なんだか精神論的になってしまいますが、人間がある視点(永井均的に言えば〈私〉)から離れられない以上、あらゆる出来事は〈私〉を経由して解釈されることを逃れられません。そして、その解釈の文法は本当に個人的なものでしかなく、一般的に嫌悪されるようなものであってもよきものとして受け入れることも理論上は可能なのです。私は、この恣意性に、大きな自由を見るのです。この文章での事例に引き付けて言えば、他者から見れば非常に大変な状況であっても、情熱を持っている本人にとっては乗り越えられる壁であり得るのです。解釈の文法に影響を与える要素として情熱が果たす役割の大きさを避けて通ることはできません。

2016年6月30日木曜日

物流と美声と人工知能

まず、とてもエキサイティングなスピーチを聞いてみてください。


非常に充実していて、17分間があっという間でした。私などは器械体操ばかりしていて高校時代に数学を真剣に学ばなかったのですが、数学ができるということはこのように役立つのだなと思いました。言語がリベラル・アーツとして学ばれるのは、ある言語を理解することでその言語で書かれた書物を読むことができるようになるからであると思いますが、そのような意味では高度な数学も自由になるための道具であります。

そして、この方は驚くほど美声ですね。私が人生の中で出会った最も美しい声かもしれません。
ユナイテッド・アローズの栗野宏文さんという方も美声であるそうなのですが、個人的にはこちらの方の方が心地よい感じがします。栗野さんはよく店舗回りをされるようですし、栗野さんの書かれる文章にはモノへの愛が溢れていて、いつか実際に栗野さんにお話を聞いてみたいと思っています。)


さて、最近は、物流やロジスティクスというものに興味を持って、いろいろ本を読んでみたりしていました。

ある分野についての知識を得たいときの私の読書法は、
    出版年が最新であること 
    初心者でも理解しやすいような概要書であること の2点です。
これらの点を満たす書籍を5冊ほど読み、概要を把握します。そして、その中の参考文献からより詳しく知りたい部分についての書籍に進んでいきます。
10冊も本を読んでいないのにその分野についてはある程度知っている、と思い込んでしまうのはなぜなのでしょうか。私の一番関心のある美術の分野では、その何倍も本を読んだとしてもある程度知っているなんてことは思えないのに、物流に関しての本を読んでいるときはそう思えてしまった瞬間がありました。それはおそらく私自身の物流についての解像度が低いために満足の閾値も低いのだと考えています。)


そのように進んでいくと、ロジスティクスを企業活動の根本に据えることがこれからの企業にとって必須とされていて、その理由としてビッグ・データの活用が挙げられていました。需要を正確に予測し、生産や物流と関連を持たせて全体の最適化を図るためには、ビッグ・データの分析が欠かせません。ただ、膨大なデータを人間の力で分析することは非常に困難で、ここで人工知能が登場します。
冒頭でご紹介したスピーチでも一部触れられていますし、偶然ではありますが、別の本(川村元気『理系に学ぶ。』ダイヤモンド社、2016)の中でも私自身触れてはいました。
人工知能については、人工知能が自力で能力を伸ばしていくために、学ぶことを教える、ということがなされているようです。これが、ディープ・ラーニングと呼ばれるものです。学習を、あるパターンを反復によって習得し、そのパターン同士の組み合わせをアイデアとして提出することとするならば、高速に大量のデータを処理できるコンピュータに人間が敵うものではないな、と思います。


今後数十年生きていくつもりであるならば、人工知能に置換されてしまう仕事を行っていてはいけないとも思うようになりました。残っていく仕事、それはきっと感情労働なのだろうと思います。感情を動かすことに関わる仕事、また感情の動きをつくっていくという仕事は残っていくと考えています。
でも、そのように計算して選ぶよりも、心が求めることをやり続けることがよいのだと思います。

“You are already naked. There is no reason not to follow your heart.”
Steve Jobs -