2016年4月14日木曜日

御手洗瑞子さんについて

今回は、私の気になる人について書いてみたいと思います。


その方は、御手洗珠子(みたらいたまこ)さんとおっしゃる方です。
現在は、気仙沼ニッティングという編み物の会社をなさっていて、その前にはブータンという国で外国籍公務員として勤務されていたということでご存知の方もいらっしゃるかと思います。

メディアに取り上げられる機会も多い方ですし、私自身も半年ほど前の朝日新聞の記事でお話を読みましたし、その前から存在は知っていた気がします。
ただ、なんとなく知っているというだけで、どのような考え方でどのようなことをなさっているのかまでは詳しく知りませんでした。「ブータン」、「被災地で会社を立ち上げた若い女性」というような表面上のキーワードだけで知っていたようなところがあります。

ひと月ほど前に、インターネットの記事で御手洗さんのお話を読む機会があり、それをきっかけに、著書を読んでみました(『ブータン、これでいいのだ』(新潮社 2012年)、『気仙沼ニッティング物語』(新潮社 2015年))。また、TEDという動画で実際にお話をされている様子を見ることもできました。

ここで感じたことは、とにかく現場にこだわる方であるということ、そして、仕事を、しなければいけないこと、ではなく、主体的に自らのすべきこととして捉えている姿勢でした。

ひとつめの、現場にこだわるということについて。働く上で、崇高な理想や洗練されたアイデアを持つことは大切ですが、それらは現場で実践に移されてはじめて意味を持つのだと思います。賢い方で論理的な戦略というものに説得力を持たせることもできる方なのだと思いますが、理論を重視し過ぎることなく、毎日の一瞬一瞬の具体的な積み重ねでしかないということを、忠実に、ひとつひとつ行っている方だと思いました。

ふたつめの、仕事の捉え方について。ブータンでの働き方も、現在の気仙沼ニッティングでの働き方も、誰かに指示されて行っているのではなく、自分で考えて、自分で必要だと思う行動をしている印象が強くありました。仕事とは与えられるものではないということです(小説家の平野啓一郎さんが、森鷗外は仕事を「為事」と書いていて、その考え方が好き、と書かれていましたが、私もその考え方には共感しているところがあります)。

私自身も、現場で働き始めて丸2年間経ちました。現場長いな……、などと思っていたのですが、あるとき、あらゆるアイデアは現場で実践に移されてこそ意味を持つと気づき(あくまで、現場が消費者との最終的な接点であり続けている限り、ですが)、どんな理想も実際の行動にならなければ理想のままであるのだとずっしりと知ることができました。この気づきのためにずっと現場にいたのだな、と思いましたし、現場で働き続ける期間は、具体的な現場の実践に落とし込むための訓練の時期なのだと思うようになりました。また、毎日少しでもよくなっていくように、自分の視点で変化を生み出していく必要も感じるようになりました。このような現状にとって、御手洗珠子さんの言葉がすっと入ってきたのだと思います。

とても魅力的な考え方をされる方だなあと思います。
いつかお会いしてお話ししてみたいものです。
もが、もがな、です。


(どうやら私は、知りたいことがあると、集中して情報を集めようとする傾向があるらしく、気になる内容があれば、そのことに関する書籍などを集中的に読みます。また、ある本を読むと、その本の中で言及されていた本や、参考文献を読むことも多いです。)

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