2015年11月5日木曜日

誰の記憶にも残っていなかったとしても、それは、かつて、あった



ロラン・バルト『明るい部屋』みすず書房、1997

という本があります。


大学時代に師事していた恩師のおすすめの本でした。
大学の図書館に所蔵されていた本はずっと貸し出し中になっており、
それならば他の手段で手に入れて読めばよかったのですが、
社会人になってからやっと読みました。
(この恩師が薦めてくれる書籍は、考え方の根本を変えてくれるようなものが多く、
他にはグレゴリー・ベイトソン『精神と自然』がありました。)

さて、『明るい部屋』は写真についての内容であり、
写真の他の芸術との違いを、

「それは、かつて、あった」

という言葉で表しています。

絵画等は描かれている内容の光景が実際に存在した必要はないのですが、
写真は、基本的には、そのとき、その場所に、存在したものが写っているはずです。
その光景を目にした人が誰もいなくなったとしても、
写真が残っていれば、そこには、その光景が確かに存在したという証拠があるのです。
これは、世界を、自分の視点の外へと拡張することになるのではないかと思うのです。
自分が生まれる前、自分が行ったことのない場所、そこにも確かに世界が存在したということ。

写真を見るという行為の特異性の一端はここにあるのではないでしょうか。
思えば、『明るい部屋』の存在も知らなかった大学1年の春休みに訪れた、
恵比寿の東京都写真美術館で見た、日本写真の曙としての、侍の写真、
そこにも、「それは、かつて、あった」という痕跡が克明に記されていたのでした。
あの、視点が遠くに飛ぶような感覚は、写真独特のものでした。
特に、場所は同じ日本でありながら、現在とは風俗が大きく異なる幕末だったのもよかったのでしょう。


ところで、今回私が語りたかったのは、違うことなのです。
最近、祖母が亡くなって、祖母が保管していたアルバムを目にする機会がありました。
そこには、幼い頃の私の姿がありました。
面影はあるのでしょうけれど、あまりに小さい。
座布団の中に収まってしまうほどで、
このような状態から、現在ひとりで暮らし、働いて対価を得ている状態までの道のりを、
実際に目の前に突き付けられた思いがしました。
自分の記憶にはなくても、実際に23年前の自分がそこに写っていました。
写真の中の自分と現在の自分との差異が、その年月を明確に示しているように感じました。
写真の中の自分は、確かに自分であるはずなのに、
現在の自分には記憶もなく、どのようなことを感じて考えて行動していたのかもわからない、
他者のような遠い存在でありながら、現在の自分に一直線に、そして唯一繋がっている存在なのです。

このような不思議な感覚と同時に、
写真の中のあまりに若い父を見て、
ここまで育ててくれた父母への感謝を強く、感じました。
父と母がいなければ自分は存在しなかったという当たり前の事実が厳然とそびえ立っています。
それは、祖母の葬儀でも感じたもので、
祖母がいなければ、自分はもちろん、きょうだい、いとこ、親戚の祖母以降の人々は存在しなかった、
という事実に打ちのめされることになりました。
(現在の個人名として存在しなくても、「自分」というものとしては存在できたのかもしれませんが、
その両者を引き離して考えることは感覚的になかなか難しいものです。
永井均さんの著書で、現在の自分ではない「自分」というものについての考察がありましたが、
シニフィアンとシニフィエを切り離すことが難しいことと構造的には同じなのではないでしょうか。)
自分の視点の外、自分が存在しない世界へと連れ出してくれる装置としての写真の機能を、
明確に認識するようになったのは、『明るい部屋』以降のことです。
『明るい部屋』は、私の写真を見るときの基盤を、永遠に変えてしまった書物なのです。

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